「しあわせのパン」(三島有紀子)

お互いに必要とされている、かけがえのない男女の姿

「しあわせのパン」(三島有紀子)
 ポプラ文庫

若い「夫婦」が営むパンカフェ。
実らぬ恋に未練する女性、
家出した母への思慕から
父を避ける少女、
生きる希望を失った老夫婦が
次々と店を訪れる。
彼らを優しく迎えるのは、
二人が心を込めたパンと手料理、
そして一杯の珈琲…。

物語の鍵を握っているのは、
巻末に掲載されている絵本です。
それは物語中で
カフェの女主人が愛読している絵本
「月とマーニ」なのです。

少年マーニは、
自転車のかごに月を乗せて、
いつも東の空から、
西の空へと走っていきます。
太陽を乗せた少女ソルがやってくると
マーニは少し、おやすみします。
ある日、やせ細った月が言うのです。
「ねえマーニ、太陽をとって。
 一緒にお空にいると、
 とってもまぶしくって」
「だめだよ、
 太陽をとったら困っちゃうよ」
「誰が?」
「僕だよ」
「どうして?」
マーニはきっぱり言いました。
「だって太陽をとったら君が、
 いなくなっちゃうから」
「そしたら、夜に道を歩く人が
 迷っちゃうぢゃないか」
「大切なのは君が、照らされていて
 君が、照らしているという
 ことなんだよ」

第1話から第3話までは、
夏、秋、冬に、カフェ・マーニに訪れる
三組の男女の物語なのですが、
単なる連作短編集ではないのです。
すべて巻末の絵本に
なぞらえてあるのです。

失恋して東京からやってきた
やけっぱちの香織には、
すべて受け入れてくれる
トキオが必要だった。
母親が家出した少女・未久には
父親の愛情が必要だった。
不治の病を抱えた妻・アヤには
夫・史生が必要だったし、
夫が生きる希望を見いだすには
妻の生きようとする姿が必要だった。
お互いに必要とされている、
かけがえのない男女の姿が
描かれているのです。

そして第4話では、マーニの二人、
りえさんと水縞くんも結ばれます。
冒頭に記した粗筋で
「夫婦」とカッコ付けにしたのは、
二人は正式には結婚していない
(男女の関係にすら
なっていない)からです。
二人にはいろいろな事情が
あったのでしょう。
でも、三組の男女の去来を通して、
二人は気付いていくのです。
「水縞くん、見つけたよ」
 最初、ボクにはなんのことか
 わかりませんでした。
「見つけた。私の《マーニ》」

作者は映画監督であり、
つまり本作品は自分の作った映画の
小説化です。
映画はまだ観ていませんが、
りえさん役が原田知世なので、
きっといいに決まっています。
中学校3年生に薦めたい一冊です。

(2020.8.4)

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